雑記9(ロシアの同性愛宣伝禁止法)


ロシア正教会や保守派の意向をプーチンが具現化させた制度が、渦中の同性愛宣伝禁止法である。同法は名の通り、同性愛そのものは禁じておらず、それを推奨するプロパガンダ(宣伝)活動を処罰の対象とする。名目は子の保護。未成年者に対して『非伝統的な性的関係』を助長するような情報の流布を禁止することで、青少年の健全な育成を阻害する同性愛を世に広めないことを目的とする。日本の法律でいえば、青少年育成条例の有害図書指定をさらに一般的な行為に敷衍して適用する感じか。罰金刑は個人で最大10万ルーブル、団体で100万ルーブル(現在の為替基準1ルーブル=1.65円でいえば、個人で16万、団体で165万ほど)と90日以下の業務停止処分。また、保護法益が健全な性秩序に基づく子の保護という社会的法益だからか、自国民だけではなく外国人にも適用され、外国人には15日以下の身柄拘束及び国外追放処分が追加される。セレーナのように入国ビザも下りなくなる。

この法律の厄介な点は処罰範囲が不明確なところだ。処罰の対象となる宣伝内容に同性愛が含まれるのは自明だが、条文ではHomosexualityではなく、『非伝統的な性的関係(nontraditional sexual relations)』を意味するロシア語で表記されており、同性愛以外についても運用次第では拡大解釈で如何様にも処罰範囲を操作できる。また、宣伝(propaganda)の態様も包括的で、法文上では具体的行為の類型や宣伝目的の範囲が定かではない。想定される適用事例としては、パレードの開催といった同性愛者の権利を推進する活動、同性愛をテーマとする書籍の出版やポスターの掲載禁止、その他メディアで同性愛を価値あるものとして創作する、同性愛を肯定するスピーチ、有名人のカミングアウト、レインボーフラッグの掲揚などが考えられるが、これら以外のケースについても過度に広汎な規制が可能となる。

7/29(2016/07/29)
以下、とあるサイトで紹介されていた同法施行~半年の間に処罰された事例の一部
・性的指向を理由に解雇された教師のインタビュー記事を、新聞に掲載した編集者
・性的指向についての悩み相談を受け付けるサイトの製作者
・「同性愛は生まれつき」という紙を持って外を歩いた市民
・同法に抗議した14歳の女子
・同性愛をテーマとするドキュメンタリー映画の外国人製作者
*一番上はLGBT系メディアのみで確認済み故、信憑性はやや劣る。ちなみに、最初の逮捕者は同法に抗議するために街角で1人立っていた24歳のゲイ。通報者は彼の両親だったそうです…。
刑罰法規や表現規制には、その内容に明確性が求められるのだが(明確性の原則)、プーチンはハナッから明確にする気はないのだろう。実際の運用状況をみるとザル法で終わらせることなく、当局は取締りに躍起になっている。異性装で街中を歩いたり、海外メディアの取材に答えるだけで拘束されうる。
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8/2(2016/08/02)
欧米諸国、南米、豪州、日本、香港、ギリシャ、クロアチアなど多くの国々でプーチンに対する抗議活動が広がり、プーチンに扮した男がオネェをいじめて皮肉る、ウォッカを下水に流す、男性同士が口づけを行うキスインといった、海外ならではのパフォーマンスが繰り広げられる。アイスランドの首都レイキャビクはモスクワとの姉妹都市関係を解消し、断交する事態にまで発展した。欧州裁判所は、子供の利益を優先する原則に照らしても正当化はできないと糾弾する。
波乱はソチ五輪にも影響を与える。ソチ市長パホモフはBBCの取材で、「(ソチがある)カフカス地域ではそんなこと(同性愛を公言すること)は許されない。それにソチにはゲイはいない」と答え、この発言がメディアやネットで拡散し、物議を醸した。ロンリープラネットではソチのゲイバーが紹介されているのだが・・統一ロシアの推薦を受けて市長選で勝利した彼の言説は、プーチンの考えが如実に表れている。

8/4(2016/08/04)
政治家では米・英・仏・独・加・リヒテンシュタインの6名がソチ五輪の開会式を欠席する。IOCによると抗議活動で逮捕された者は、開会式当日だけで少なくとも61名にのぼるという。プッシー・ライオットも参戦。このパンクバンドは過激な歌詞と奇抜なパフォーマンスで有名らしく、かつて救世主ハリストス大聖堂と呼ばれるモスクワ正教会の首座聖堂で無許可演奏で行い、2ヶ月の禁固刑に処された札付きのバンドなのだが、彼女らが赤の広場でお得意のパフォーマンスを繰り広げていたところ、保守派の民兵で知られるコサックからむち打ちや辛子入りスプレーをかけられたという…。

*バシバシと叩かれている・・。
今の時代にここまで鞭を器用に扱う者がいたとはね(; ̄Д ̄)
プラッシーライオットは、この動画を新曲のPVにしたのだとか。

欧米メディアが一連の騒動を大きく報じた一方で、日本では極端に報道が少なかった。当時、正面から性的少数者を述べる論調が乏しかったが、あれから2年でここまで事態が変わるとは、改めてマスコミの強大さを思い知る。


エリツィン政権で合法化された同性愛。なぜ、今となって逆風に晒される立場に追われたのか。主な要因としてプーチンの宗教復興が挙げられる。
ロシアで広く信仰される宗教は、東方正教会の1つであるロシア正教会。数ある独立正教会のなかで最大規模を誇り、その信者はロシア内外に1億6000万人ほどいるようで、正式な国教ではないものの、ロシア国民の6割超が正教徒であるといわれる。票田の大きさから政界への影響力は大きく、プーチンは教会の祝日や記念日には時折、教会へ顔を出しては信仰を愛国心教育に取り入れるなど、ロシア正教との積極的な融和を重視する。プーチンを聖人とみなしてイコン(聖像画)を作成する教会もあるらしく、プーチンとロシア正教会との繋がりは深い。
ロシア正教会は他のキリスト教諸派と同様、同性愛に否定的な立場だ。広報部長ウラジーミル・レゴイダいわく、「正教会の教会法(カノン)に照らすと同性愛行為は聖職の地位と共存しない」

8/13(2016/08/13)
ロシア正教会の長、キリル総主教は2013年にインテルファクス通信というロシアの非政府系通信社を通じたインタビューで、「変質者は容認できない。同性愛は薬物依存や売春と同様、ロシアにとって最大の脅威の1つだ」とコメント。同年、西欧諸国でのLGBT運動を警戒し、「同性婚合法化は黙示録において非常に危険な兆候だ」と述べ、同性愛に対する露正教会の敵視が感じられる。あけすけな物言いで名高い、モスクワ総主教座フセボロド・チャップリン大司教は、同性愛は神も恐れる行為、同性愛者を社会から完全に追放すべきと主張。海外でボイコット運動が展開されるソチ五輪開催まで残り1ヶ月を切るタイミングで、同性愛者を法で取り締まるべきかを問う国民投票の実施に同意する旨を表明した。また、彼はメディアへ積極的に出演しては、同性愛や堕胎を批判し、創造説の学校教育導入、彼が小児性愛を広げると考える小説への批判、市民の服装についても過激な表現で言及する。
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ロシア正教会と蜜月関係にある、与党の統一ロシアも同性愛問題に目を光らす。なかでもタカ派なアンチゲイで名高いのは、サンクトペテルブルク市議会議員ビタリー・ミロノフ。彼は自分の庭であるSt.市内で同性愛宣伝禁止条例を作り、それを連邦法に昇華させた同法の立役者である。日本では某市議員の異常動物発言で大騒ぎとなったが、ミロノフレベルになると、異常、恥、バカ、倒錯、病気、逸脱、堕落、悪魔の所業、押し入れに閉じ込めるべき(しかし、それは快適で大きな押入れだ)とバラエティに富んだ表現を交え、「ロシア人の95%が同性婚に反対だ。ゲイはロシア社会で何の支持も得られない」と過激な発言で物議を醸す。レズビアンと戸籍変更前のトランスジェンダーによる実質的な女性カップルの婚姻については、無効にしてやると躍起になる。ゲイの女装歌手(ドラァグクイーン)が優勝した欧州歌謡祭には、「同性愛と精神の堕落のあけすけなプロパガンダ」として、ロシアからアーティストを出場させないよう、国内のユーロビジョン選考委員会に要請した。同議員の前で起きた、女性同士のキス写真騒動(座っていたミノロフを背景に女性同士がキスをした写真をネットに掲載した)の報復に、レズビアンバーへの強制捜査を現実に実行するのが彼の凄いところ…。

8/23(2016/08/23)
ミロノフは小児性愛にも手厳しい。16歳未満のミス・コンテストでは、「健康や、身体的・知的・精神的・道徳的な発達を害する恐れがある」と指摘し、St.市で美少女コンテストを主催した者に最大100万ルーブルを科す条例を成立させる。チャップリン大司教も2冊の小説をラジオで名指しし、小児性愛を正当化するものだと批判した。正教会は、同性愛と小児性愛を異常な性的倒錯として同視し、”どちらも子供にとって有害なコンテンツで滅すべき害悪”と共通の認識を持っている。(彼らは日本の漫画やアニメ、アイドル文化をどう考えているのか…)
ロシアの恐ろしいところは、民衆の意を問わず、正教会と統一ロシアの意向だけで政策を強行突破する点だ。
プーチン大統領もソチ五輪開催前に、「ソチオリンピックではあらゆる差別は排除される。同性愛者も安心してリラックスしていい」と述べた上で、「ただし、子供たちには近づかないでほしい」と付言。ここでも”子の保護”を強調する。正教会と一致する見解だ。
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