6/2(2016/06/02)
■聖書と同性愛
クリスチャンが信奉する神の教え。
自分には縁のない世界だが、同性愛を毛嫌いする聖書とはどのようなものかと、苦心しながら調べてみた。
旧約聖書には『創世記』という、世界と人類の創造を綴る書がある。第1章の天地創造において、1:27では『神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された』とある。創世記1章では人類が他の動物とは異なり、【男女の概念】を特別に示すということは、そこには格別の意味が込められているといわれている。
第2章アダムとイブでは、2:18『人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう』。彼にふさわしい助け手とは誰か?23『これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう』、24『それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである』
男のパートナーは女となる。
6/2(2016/06/02)
同じく、創世記(19章)には「ソドムとゴモラ」と呼ばれる有名な神話がある。死海の南方にあったといわれる、快楽と悪徳にまみれた退廃都市ソドムとゴモラ。神がソドムとゴモラを滅ぼそうとするが、イスラエルの民の源流であるアブラハムの慈悲を受け、『正しい人物が10人いれば滅ぼさない』と約束してソドムに2人の天使を派遣する。ソドムの門に座っていたロトは「わが主よ、どうぞしもべの家に立寄って足を洗い、お泊まりください。そして朝早く起きてお立ちください」と天使を家に招いて厚く接待する。
ところが、若い者から老人まで、ソドムの民らがロトの家を囲み、「今夜おまえの所にきた人々はどこにいるか。それをここに出しなさい。われわれは『彼らを知る』であろう」とロトに問い詰める。ここでいう『知る』は男色。
*細かい理由は割愛するが、男に扮した天使2人を犯すために町の人々が家を取り国むという異様な展開に…。ノンケにとっては地獄ですねΣ(`□´/)/
*大ざっぱな理由をいうと、別のところで表れる「知る」を文理解釈すると肉体関係になり、ここの「知る」もそういう意味になる。
6/3(2016/06/03)
ロトは天使たちをかばうため、悪さ(知ること)をしないよう懇願する。男を知らない(処女の)2人の娘を身代わりに差し出し、「娘を好きなようにして下さい」と赦しを乞う。ソドムの町の人は「退け、この男は渡ってきたよそ者であるのに、いつも、さばきびとになろうとする。それで、われわれは彼らに加えるよりも、『おまえに多くの害を加えよう』」。ここでいう『多くの害』も男色。娘を身代わりにするロトもヤバイが、それでも天使の代わりにロトを犯そうとする民衆たちもヤバイ・・。
人々はロトの身に激しく迫り、進み寄って戸を破ろうとする。天使は手を伸べてロトを家の中に引き入れて戸を閉じ、家の外にいる町の人々の目をくらます。天使は、主(神)がソドムを滅ぼすために自分たちが遣われたことをロトに告げる。夜が明けて、妻と2人の娘とともに町の外に逃れるように促す。そのときに「うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」と忠告する。
6/3(2016/06/03)
ロトは「山までは逃れることができない、ゾアルの町まで逃げさせてください」と天使にいう。天使は承服し、「ゾアルは滅ぼさない、ロトがゾアルに着くまで何もすることができない」。ロトがゾアルに到着したとき、”日は地の上にのぼった”。主は硫黄と火を天からソドムとゴモラに降らせ、全ての低地と町の住民を、その地にはえている物をことごとく滅ぼす。しかし、逃げる途中でロトの妻は後ろを見たことで塩の柱になってしまう。その後、神はアブラハムを覚えて、滅びの中からロトらを救出する。
ロトらはゾアルを出て、洞穴の中に移り住む。姉が父(ロト)に酒を飲ませ、酩酊状態の父と共に寝る。同様の手段で、妹も父と共に寝る。父は何も憶えていないが、ロトの2人の娘たちは(いわゆる近親相姦で)父との子を孕んだ。姉の子はモアブ、妹の子はベニアンミで、民族の始祖となる。
以上がソドムとゴモラの話。聖書とは思えないアクの強さ。
ちなみに、ロト妻の塩柱は観光名所として賑わっている。
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同性愛を毛嫌いする聖句は他にもある。
レビ記18:22では、厭うべき性関係として『あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである』、24『あなたがたはこれらのもろもろの事によって身を汚してはならない』、25 『その地もまた汚れている。ゆえに、わたしはその悪のためにこれを罰し、その地もまたその住民を吐き出すのである』、26『これらのもろもろの憎むべき事の一つでも行ってはならない』、27『あなたがたの先にいたこの地の人々は、これらのもろもろの憎むべき事を行ったので、その地も汚れたからである』、28『これは、あなたがたがこの地を汚して、この地があなたがたの先にいた民を吐き出したように、あなたがたをも吐き出すことのないためである』
20:13『女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう』
聖書のイメージとは程遠い不穏さ。原理主義者がローマの滅亡やポンペイの災害の原因を同性愛の蔓延におく理由は、こういうことなのかもしれない。
新約聖書でも同性愛嫌悪は念押しされる。
ローマ書第1章では1:26『すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え』、27『男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである』、29『彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者』、30『そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり』、31『無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている』、32『彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている』
辛辣な罵倒が続く。
あるクリスチャンのブログでも、同性愛者は29-31のような者と書かれていた(^^;
コリント第一6:9、テモテ第一1:10でも男色は明文で禁止されている。
*全てのクリスチャンが同性愛者を蔑むわけではなく、フレンドリーな方も多いです。日本のクリスチャンは1%もいないけど、クリスチャンでありながら性的少数者である人もいます。
↑4travel.jpより。死海近くの塩柱。人に見えなくもないかな?
今は観光地になっているそうです。なお、塩柱は複数ある模様。
@追記@
ヘブライ語げ原文では、ソドムの罪は男色であるとは明記されていないようです。
聖書の解釈論争では、『来訪した旅人を虐待しようとした行為』こそ、ソドムの罪ではないか、
という学説もあるのですが、男色タブー視論は中世以降に一般化されてしまい、
同性愛は自然に反するものとして処罰するソドミー法が各地で生まれてしまいます。
しかし、旧約聖書には、ダヴィデとヨナタンの甘酸っぱいボーイズラブもあり、
原初のキリストでは男色はおろか、神殿には聖娼がおり、祈りにくる信徒と交わっていたといいます。
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