雑記6(アメリカのトイレ論争)

5/23(2016/05/23)
全米でトイレ論争が泥沼化している。トイレ論争とは、トランスジェンダーのトイレ使用を巡る議論。身体の性によらない、「心の性」に基づくトイレ使用を認めるべきか否か。
2015年6月26日、アメリカ連邦最高裁判決により同性婚が合法化されたのち、翌年3月7日、ニューヨーク市では自己申告の性に基づいた公衆トイレの利用を認める行政命令に市長が署名する。2013年ではペンシルバニア州フィラデルフィア市でも、民間企業に対し1人用のトイレに「ジェンダー・ニュートラル」の表示義務を課し、2015年のカリフォルニア州ウェストハリウッド市でも類似の条例が発効されているが、今回は表示義務を超え、市のトイレであれば各市民が自認する性によったトイレの使用を許可しなければならない。
一方で、2016年3月23日、保守勢力の強い南部ノースカロライナ州では、ニューヨーク市とは真逆のHB2法(ハウスビル2法:通称トイレ法)が制定される。出生証明書に記載された性別に応じた公衆トイレの使用を義務付け、性自認の不一致には性別変更の手続要件に含まれる性別適合手術が求められる。

無論、キリスト教徒も黙っていない。ノースカロライナ州の9割弱はクリスチャンといわれ、同性愛への嫌悪は根強く残っている。同州最大都市シャーロット市では民主党支持者が多数を占め、ニューヨーク市と同様、性自認に基づくトイレ使用を許可する条例を可決したのだが、この直後に真逆の内容であるHB2法(ハウスビル2法)が速やかに発議され、州内部での対立構造が表面化。さらに、HB2法は緊急で招集された州会議で下院&上院を難なく通過し、法案の発議からマクロリー州知事の署名まで実に1日足らずで終了する。この鮮やかな段取りからもクリスチャンの当該法案に対する本気度が伺える。審議中は議会の外で賛成派と反対派の市民デモ隊が衝突し、反対派50名以上が建物内部に入って座り込み、逮捕された事件も起きたという。5日後の3月28日には、アメリカ自由人権協会が同州に対して訴訟提起をする。戦いの場は政治から法廷の場へ移行された。

5/23(2016/05/23)
経済界も動き出す。オンライン決済サービス会社ペイパルがノースカロライナ州でのビリオンダラー事業拡大計画を中止する声明を発表。外国企業である独メガバンク、ドイツ銀行も事業拡大計画を凍結する。他にもアップル、マイクロソフト、デル、アメリカン・エアライン、ツイッター、コカ・コーラ、グーグル、ポルシェ、IBM、AT&T,デルタなど大企業90社以上がHB2法の撤回を要求した。小売大手ターゲットはHB2法に関わらず、自己が自認する性で同社のトイレや試着室の利用を歓迎する声明を発表したが、保守派キリスト教や家族協会が不買運動で抵抗。リンゴ・スター、ブルース・スプリング・ティーン、デミ・ロバートなど数々の有名アーティストは同州で予定されたコンサートを急遽キャンセルした。唯一、シンディ・ロバートは収入金を寄付する形での支援を表明して開催する。他の著名人らもSNSで批判コメントを掲載して法案撤回を呼びかける。
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ニューヨーク州やコネチカット州、サンフランシスコ市、シアトル市は職員に対し、ノースカロライナ州やミシシッピ州(同州でも反LGBT法とよばれる法案が成立)への公用出張を原則禁止した。同じく、ジョージア州アトランタ市長も自治体予算でノースカロライナ州への出張を禁ずる。
ジョージア州では、信仰を理由とした包括的なサービスの提供拒否を認める宗教自由法が州議会で可決されたが、LGBTへの差別を理由にウォルト・ディズニーが噛み付いた。同州では映画撮影にかかる優遇措置を設けていたのだが、ディズニーが事業の撤退を示唆し、ディズニー傘下のABCスタジオやタイム・ワーナー、CBS、ソニー・ピクチャーズなど同法への反対声明を発表する企業が続出。ハリウッドスターもSNSで呼びかけ、予想される経済損失は60億ドルに上り、州知事が拒否権を発動した経緯がある。ジョージア州の州都もノースカロライナ州に対して反対姿勢をとった。

5/25(2016/05/25)
さらに、オバマ大統領はキャメロン首相との共同会見で、HB2法はLGBTを差別していると批判。イギリスのキャメロン首相も差別を強めるのではなく、終わらせる努力が必要だと述べ、英国国民にノースカロライナ州及びミシシッピ州への渡航注意を呼びかける。大金持ちの暴言王ことトランプは、当初は同性婚に否定的な立場をとっていたが、2月頃から一転、LGBTの権利推進を目指す意向を発表する。HB2法案についても、「自分にあったトイレを」と主張し、番組では「いまのままで良い。現状に対して苦情はほとんどない」と同法を批判。5月9日、ついにアメリカ司法省は、ノースカロライナ州に対して公民権法違反を理由に提訴をする。同州知事及び州当局は、連邦政府が補助金削減を示唆したことから反訴。ノースカロライナ州出身である司法長官ロレッタ・リンチは、アメリカの公民権運動を引用して、HB2法に対する反対演説を展開。この演説の動画は多くの人々にシェアされた。

5/25(2016/05/25)
信教の自由vsLGBTの権利は、インディアナ州やアーカンソン州でも似たような紛争が勃発している。州議会が法案を通せばアップル、セールス・フォース、ウォルマートなどが圧力をかけ、インディアナ州では法案の一部修正、アーカンソン州では知事の署名拒否を引き出す。連邦最高裁判決で同性婚が合法化されたとはいえ、宗教自由法が制定される州は20以上に及ぶとの見解もあり、事態が収拾する見込みはない。
保守/キリスト教vsリベラル/LGBTという二大勢力の対立に、大企業や有名人が世論を掻き立て、キリスト教会や家族団体が抗い、国と地方、地方と地方の争いが連鎖する。まさかトイレ如きで大国が動かされるのは滑稽ではあるが、南北戦争を彷彿させるほどのアメリカ社会の内紛は,ノースカロライナ州と連邦政府の訴訟合戦にまで発展した。オバマ大統領は訴訟係属中にも関わらず、司法省と教育省の通達という形でガイドラインを発表、徹底抗戦する構えだ。

■追記
ノースカロライナ組が徒党を組みました。キリスト勢がテキサスの連邦地方裁判所に訴状を提出。以前に書いたオバマ通達の無効確認の訴えです。テキサス、アラバマ、アリゾナ、ジョージア、ルイジアナ、メーン、オクラハマ、テネシー、ユタ、ウェストバージニア、ウィスコンの11州。メーン州の際立つブレブレ感。ウェストバージニアはリベラルっぽいイメージがあったんだけど・・何があったのだろう?法案が成立したミシシッピ州と、カンザス州は原告団に加入しないものの、ハナから通達を無視する予定らしい。
他にもミネソタ、アイオワ、ハワイ、コロラド、ケンタッキー、フロリダ、ネブラスカ、サウスカロライナ、カリフォルニアなどでも、内容はバラバラだけど宗教自由法が提案されている。ハワイとカリフォルニアは大丈夫そうかな?
泥沼から、底なし泥沼へ(;´Д`)
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記事を眺めて感じたのは、「反LGBT法」「LGBT差別法」と見出しから言い切る報道が目に付いたことだ。向こうでは性的指向や性自認を人権ベースで捉えているとはいえ、対立利益である信教の自由は精神的自由権に分類され、それを制約する法律には厳格な違憲審査基準が適用されるほど、強い優越性を持つ人権であるはず。確かに、反LGBT法と呼ばれる法律のなかには漠然とした根拠で、あらゆるサービスの提供を包括的に拒否する過剰規制も見られるのだが、信教の自由とLGBTの権利の調整はいずれが優越するか一概に判定しにくいのでは?と思えるところ、アメリカの司法事情ではLGBT寄りの判決が下されやすいそうだ。管轄裁判所によるのかもしれないが、司法の場において性的指向・性自認がここまで重んじられるのは日本と大きく異なる。一体どのような基準で両者の折り合いを付けているのか。宗教自由法を作りたい気持ちも何となくわかる気がするが…。

5/29(2016/05/29)
アメリカのトイレ論争がこれほどまでヒートアップしている現実をほとんどの日本人は知らないだろう。しかし、この問題は非キリスト教圏である我が国においても悠長に構えてはいられなくなっている。例えば、オバマ大統領は訪問先のケニアでケニヤッタ大統領と会談後、共同会見で同性愛を禁止するケニアの体制を真っ向から非難した。訪問に先立ち、ケニアの指導者から同性愛に関する指摘を避けるよう忠告を受けていたにもかかわらず、相手国の大統領の面前で堂々と忠告を無視した。また、ブルネイはTPPの初代メンバーであるのにも関わらず、後から乗り出したアメリカが貿易と関係のない、同性愛者を石打ちの刑に処するブルネイのイスラム法を理由に、TPP承認を渋る事態まで発生した。日本はソチ五輪開会式に安倍首相が出席した際に、AFP通信が同性愛者の人権配慮に遅れていると報道し、ヒューマン・ライツ・ウォッチという人権団体や、在日アメリカ大使のケネディからも性的少数者への取り組みを促すよう指摘されている。波はそこまで来ているのである。
*11月の大統領選挙では共和党から出馬したドナルド・トランプが勝利した。

5/31(2016/05/31)
今でこそLGBTの権利が擁護されつつあるが、同性愛者に対する生理的嫌悪感は多かれ少なかれ万国共通に見られるうえ、アメリカは依然として保守系キリスト教の権勢が巨大である。性的少数者に光が当てられていない当初、そのようなキリスト社会で企業が安易にLGBT運動に協賛すれば甚大な社会的制裁は免れない。LGBTの利権といえば活動家や人権関連団体、弁護士などが思い浮かぶが、これらだけでは昨今のゲイ開放運動における凄まじさを説明し尽くせない。
プロテスタンティズムへのカウンターカルチャー。LGBTは原理主義者や福音派への有効な対抗馬。聖書においてLGBT、とくに同性愛者は相容れない存在である。向こうの同性婚論議で日本との大きな相違点は、神学者を中心とする聖書の解釈論争が熾烈を極めていることだ。もはやLGBTは政争の具であり、さまざまな利害関係がダイナミックに渦巻いている。保革の争奪戦に巻き込まれている米国の当事者たちは何を思うのだろうか?
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